全てはこの茹だるような暑さが悪いのだ。



「…………っ、……はっ……、」


 目の前で苦しげに眉間に皺を寄せている男の両頬を両手で挟みながら無我夢中でその口内を犯す。下唇を軽く挟むと、ちゅ、と軽いリップ音が鳴り、それが私の何かを更に刺激した。
 「カズ、」と名前を呼ぶと、ようやく息付けたのか、彼は大きく息を吐き、苦しげにだが「」と私の名前を呼んだ。それを合図に私は再びカズの呼吸を塞ぎにかかる。

 ――全てはこの茹だるような暑さが悪いのだ。

 夏が暑いのは当然で、九州は日本の中でも南に位置しているから他地域よりも夏が長いのも当然で、頭では理解していてもそれでも暑いのが苦手な私には地獄のような日々なのである。
 自室にエアコンはあるが、節電の為とかそんな大義名分を掲げられ、家庭内コスト削減の餌食に会い、部屋は単なる蒸し風呂と化していた。
 カズの部屋のが広くて、窓も大きくて、エアコンを付ける付けないにしても此方のが幾分か涼しく、夏の合間は自室よりも此方へ帰る方が多かった。でもそれは飽くまでも"幾分か"に過ぎない。どうやったって暑いものは暑いのだ。
 暑い、暑い、と度々私が口にするのも悪かったが、しかしそんな人の前で、しかも仮にも彼女の前で堂々と美味しそうにアイスを食べるカズだって如何なものかと思うのだ。バー状のバニラアイスを片手に「お前の分はもう食ったじゃろ。これは俺の分ばい」と言われれば全くその通りで返す言葉も無い。――だが、どうなんだ? 如何にも美味しそうにかつ態とらしく「ああ、美味か」と感想を聞かせるように頬張る様はあまりにも酷い仕打ちじゃないだろうか。しかも、見せつけるように、指先から手の甲に滴り落ちたミルキーホワイトの液体を、ぺろり、と舌先で舐め取るのは。だから、私は、――彼の口内から直接アイスを奪い取るという強行手段に出たのである。

 私の力ずくの策も彼の力の前では無意味だ。両の手首を掴まれたが最後。形勢逆転。あっという間に床の上に押し倒される形となる。
 さっきまでカズが手にしていた筈のアイスの棒が、からん、と虚しく床の上を弾んだ。


「……っ、ここまでしといてからに、暑いだの、だるいだの、ぬかすんやなかぞ?」
「うわ、よゆー」
「茶化すな」
「すいませんね、暑いのもだるいのも茶化すのも性分なもので」


 そう言いきってしまえば、カズはさっきとは違う意味で、盛大に眉根を寄せた。
 ――不意に、ぽたり、と目のすぐ側に何かが落ち、反射的に視界をシャットアウトした。汗だ。床を背にした私に覆いかぶさるような体勢でカズがいる。よくよく見れば腕にも汗の粒がじんわりと滲んでいた。
 ああ、そうか、当然の事だが彼も暑いのだ。
 ただでさえアイスが溶けて指を伝ってしまうくらい暑いのに、それすらも強引に奪われ、呼吸さえも塞がれて、更に二人分の熱を寄り添わせようとしているのだ。


「暑いからやだ、って言ったら?」


 これからまた熱に浮かされて行く、否、もう半分浮かされかけている。でもまだ大丈夫、戻れる。押さえ付けた手を離してくれさえすれば、
 そう言うとカズは、驚くでもなく、呆れるでもなく、「分かっちょうやろ?」と勝気に微笑む。


「無理矢理にでも泣かすだけったい」


 ああ、如何やら私達は二人とも酔狂らしい。
 押さえ付ける両手も、投げかける言葉も、強気で、乱暴で、――それなのに目尻に落ちてきた唇だけがやけに優しい。
 どうか、どうか、どうかどうかどうか、  これ以上離れないで    わたしを溶かして、







逃れられない衝動


( ―― 逃げられないなら、奪うまで )







2013.09.22 ... 企画『honey&salt』第二回提出作品